仏教エピソード

第2話「頑張り屋のアヌルッダさん」

前述の「福の道」より前の話。
経典にはアヌルッダさんが失明するに至ったエピソードが記されています。

エピソード(増一阿含経巻第31-5)

お釈迦さんが祇園精舎で、大勢の人々の前で教えを説いていた時の事です。あろうことか一人の弟子が、ウトウトと居眠りをしていました。
その弟子の名はアヌルッダ。お釈迦さんは説法を終えてから彼を呼び出しました。
「アヌルッダ。あなたはなぜ、わざわざ出家までして、この道を学んでいるのですか?」
「私には迷いがあり、また、悩みがあります。これを解決するために、出家して、この道を学んでいるんです」
「では、私が教えを説いていた時に、居眠りしていたのはどういうことなのですか?」
それを聞いたアヌルッダさんは、即座に自分の失態に気が付きました。彼はすぐさま、その場でひれ伏しました。
「これより以後、私(わたくし)アヌルッダは、師の前で……眠りませんと誓います」
それからというもの、彼は必死の思いで睡魔と闘い、お釈迦さんの前で眠ることはありませんでした。
……がしかし、アヌルッダさんは、お釈迦さんの前で眠らないという誓いを立てたその日から、夜になっても眠ろうとしません。
人間としての彼の身体は、眠らないわけにはいきません。連日連夜、睡魔と闘った彼の眼は、次第に病んでいってしまいした。
そのことを知ったお釈迦さんは、再びアヌルッダさんを呼び出しました。
「アヌルッダ、少しは眠りなさい。やりすぎもよくないですよ。怠けるのは避けないといけませんが、やりすぎるのも避けねばいけません。私はいつも『中道(ちゅうどう)』を説いているではありませんか」
「いいえ! 私はすでに眠らないと、師の前で誓いを立てました。その誓いの言葉に反することはできません」
自分の誓いを曲げることはできないと、断固として言うアヌルッダさん。お釈迦さんの言葉は彼の耳に届きません。
そこでお釈迦さんはひとまずアヌルッダさんの眼を治療しようと、シヴァカというお医者さんに治療を頼みました。
すぐにシヴァカさんは、アヌルッダさんの診察を行いました。そして、その結果をお釈迦さんに報告しにいきました。
「彼の眼は寝たら治りますよ」
「……!?」
この結果を聞き、お釈迦さんは再びアヌルッダさんを呼び出しました。
「アヌルッダ、あなたは眠らなければいけません。全てのものには糧(かて)が必要なのです。私が言う悟りにもまた、糧があるように、眼には睡眠という糧が必要なのですよ」
「なるほど……。ちなみに悟りの糧とは一体どういうものなのですか?」
「それは不放逸(ふほういつ)、つまり怠らないことをもって糧とします」
「……眼は睡眠をもって糧とするということもわかります。しかし私は、やっぱり眠るわけにはいきません」
アヌルッダさんは、お釈迦さんの説得に応じませんでした。その後も彼は眠らず、ついに彼の眼は見えなくなってしまいました。
そして話は 「福の道」へ続く……。
お眠りアヌルッダさん

メッセージ

冒頭、力を抜き過ぎて居眠りをしてしまったアヌルッダさん。努力を怠っているその姿を見てお釈迦さんは彼に注意しました。
心を入れ替えた後のアヌルッダさんは、今度は力を入れ過ぎてしまい、ついには失明してしまいました。このこと対しても、お釈迦さんは注意していました。
アヌルッダさんの修行に対するこのような姿勢に、私はとても考えさせられました。
確かに怠けずに頑張るということは大事なことです。お釈迦さんの台詞にも「悟りの糧は不放逸、つまり怠らないことだ」とあります。
しかし、だからといって、やりすぎるのもよくありません。そこで注目されるのが「中道(ちゅうどう)」というお釈迦さんの言葉です。
中道とは、仏教の基本となる教えの一つ。
簡単にいえば、中道とは二つの極端な道に偏らないことです。
例えば、自動車教習所で車を運転する時をイメージしてみて下さい。教官はお釈迦さんです。
お釈迦さんは車が左に寄っていたら、「右にハンドルを切りなさい」と言ってくれます。また右に寄っていたら、「左にハンドルを切りなさい」と言ってくれます。
この話で例えるならば、左ハンドルが「休む」こと、右ハンドルが「頑張る」ことになるでしょう。
お釈迦さんに「右にハンドルを切りなさい」と注意され、アヌルッダさんは右にハンドルを切ることを覚えました。そのお釈迦さんから頂いた指導は間違いではありません。
しかし、その右にハンドルを切るということが常に正しいことだと思い、頑なにそれを行ってしまうとどうなるか。車は道を外れ、事故になってしまいます。
頑張れば頑張るほど自らを傷つけ、結果、アヌルッダさんは目を失明してしまいました。
そうならないようにと、お釈迦さんは頑張りすぎるアヌルッダに対して「休む」こと、つまり「左ハンドルを切る」ことを勧めました。そのお釈迦さんから頂いた指導も間違いではありません。
しかし、逆にそれもまた、左ハンドルを切るこという事が常に正しいことだと思い込んでしまえば、道を外れてしまいます。
再び、居眠りしていたアヌルッダさんに戻ってしまいます。
頑張ることは大事。そして休むことも大事。
右ハンドル、左ハンドル両方きれてこそ、私達はしっかりと運転することができます。
そのどちらかのハンドルに囚われてしまう事。どちらかだけが正しいと思い込んでしまう事。それがアヌルッダさんの過ちだったのではないでしょうか。
正しいとはどういうことなのか。今読んでもそれを考えさせられます。
福田智彰

2013年2月