仏教エピソード

第3話「お釈迦さんの青年時代」

このエピソードでは、お釈迦さんが弟子達に対して、自身の過去の出来事を話しています。
それは、お釈迦さんが出家する以前、つまり、釈迦族の王子として暮らしていた頃のお話です。

エピソード(中阿含経巻第29-117「柔軟経」)

ある時、祇園精舎にて、お釈迦さんが弟子達に自身の過去の話をしました。
「皆さん。私が出家する前、どのような生活をしていたと思いますか?
その時の私は、苦しみというものを知らずに、のほほんとした生活をしていました。
王である父のもとにいた時、父は私のために、春・夏・冬用の宮殿を造ってくれました。そこには池があり、美しい花々が咲いていました。
身体を洗う時は、使いの者が四人がかりで私の身体を洗い、高価なお香を用意していました。
衣服は、上から下まで全て新品で、お香の心地よい香りが染み込ませてありました。
更には、日差しや塵、露から守るため、私は昼夜問わず、上品な絹傘に覆われていました。
食事は、いつも私のために、上等な米や肉などを使った豪華な料理が用意されていました。
夏の雨季の時期には、宮殿には男はおらず、遊女だけがおり、娯楽に興じていました。
庭園を見たいと外出する時は、馬に乗った三十人の使い者が、前後に別れて、私を先導してくれたこともありました。
私は、このように裕福な家に生まれました。そして、苦しみというものを全く知らず、のほほんとした生活をしていました。
しかし私は、思ったのです。
人は、老いていく身であり、老いを逃れることはできない。
それにも関わらず、他人が老いた姿を見て、自分の事は棚に上げて、『私は年を老いたくない』と厭い嫌う。
考えてみると、私も老いていく身であり、老いを逃れることはできません。
それなのに、他人が老いた姿を見て、厭い嫌うというのは、それは本当にふさわしいことなのだろうか?
そう考えた時、私の若さへの驕りは、尽く無くなってしまいました。
また私は、こうも思いました。
人は、病む身であり、病いを逃れることはできない。
それにも関わらず、他人が病んだ姿を見て、自分の事は棚に上げて、『私は病気になりたくない』と厭い嫌う。
考えてみると、私も病む身であり、病いから逃れることはできません。
それなのに、他人が病んだ姿を見て、厭い嫌うというのは、それは本当にふさわしいことなのだろうか?
そう考えた時、私の健康への驕りは、尽く断たれてしまいました。
また私は、こうも考えました。
人は、死ぬ身であり、死から逃れることはできない。
それにも関わらず、他人が死んだ姿を見て、自分の事は棚に上げて、『私は死にたくない』と厭い嫌う。
考えてみると、私も死ぬ身であり、死から逃れることはできません。
それなのに、他人が死んだ姿を見て、厭い嫌うというのは、それは本当にふさわしいことなのだろうか?
そう考えた時、私の生への驕りは、尽く砕け散ってしまいました」
お釈迦さんの青年時代

メッセージ

私は 第1話「福の道」のメッセージにて、お釈迦さんについてこのように書きました。
有名になる。金持ちになる。結婚する。名誉を得る。権力を得る。王族として生まれたお釈迦さんは、このような形の幸せは全て得ていました。
その理由がこのエピソードの前半部分から、すこし垣間見ることができたのではないでしょうか?
何不自由のない、悠々とした暮らし。
王族として、その身分もこの先、保証されていました。経済的にも、社会的にも恵まれた地位にあり、健康にも問題なく、結婚をして子供も設けました。
王子としてのお釈迦さんの生活は、誰が見ても、満ち足りた裕福な生活だったように思います。
それでも尚、お釈迦さんはなぜ出家という道を選んだのでしょうか?
そんな素朴な疑問が湧き上がりますが、その理由はこのエピソードの後半部分で、しっかり述べられていると思います。
それは、どれほど裕福で、恵まれた生活であったとしても、決して「逃れることのできない苦しみ」があったということです。
ここでは、老いや病い、そして死といったものに代表されています。
どれだけ厭い嫌ったとしても、それは自分の身に現実として訪れます。そしてお釈迦さんの中にあった驕りの気持ちは尽く散りました。
いくら若くありたいと求めても、老いていく。
いくら健康でいたいと求めても、病気になる。
いくら生きていたいと求めても、いつか死ぬ。  
いくら求めても、その求めは満たされることがない。
その苦しみは、どれほど名誉、お金、権力等があろうとも、それが何一つ解決する手立てにはなりませんでした。
しかし人間として、何かを求めて行動することは当然のことです。
お腹が空いたら、空腹を満たそうと、食べ物を求める。
そうしなければ、生きていけません。しかしまた、食べ物を得て、空腹を満たしたとしても、いつかお腹が減るのも事実です。
私達人間は満ち足りようと、いつも何かを求めています。それは食べ物だけでありません。
強さを求めたり、財力を求めたり、名声を求めたり、幸せだって求めています。
しかしそれはいつしか膨らんでいって、ふと気がつけば、望めないものを望んでいたりします。
私自身、ある目的のために、夢中になっていたことがあります。
もちろん、目的の物は、なかなか手に入るものではありません。得られない時は、不満が溜まります。やっとの思いで手に入れるとやはり嬉しかった。満足します。
しかし満足したのも束の間、気が付けば今度は、自分の手の内にはない、次の目的の物を求めて動いていました。
熱中している間は、それしか見えていませんでした。
しかし、ある日、熱が冷めて、ふと振り返ってみると、無いものねだりを繰り返して、イタチごっこをしている自分に気が付きました。
そしてその時、自分の中に残っているものは虚しさだけでした。
人間はどれほど満足を求めても、結局は満足し切ることはありません。
最終的に満足しきることなど、この世の中ではあり得ないのだと思います。
お釈迦さんという人間は、ある日そのことに気がついた。そして、その苦しみが耐えられなかった。解決したかった。
だからこそ出家という道を選んだのだと私はこの話を読んだ時に思いました。
お釈迦さんにとって、この「苦しみを解決」するということは、とても重要なことだったと思います。
そういう意味では仏教は苦しみの解決の教えと言えるかもしれません。
「仏教ってどんな教えなの?」と聞かれることがあります。
その時には、私はまず端的に「苦しみを解決する教え」だと言い、このエピソードを紹介しています。
しかし、苦しみの解決とはいっても、権力だったり、お金だったり、そうやって満足することで得ようとする幸せでは解決できません。
それは解決というよりはむしろ苦しみの一因だと言えるかもしれません。
人間にとって「苦しみ」というものは、確かに目を背けたくなるものです。
しかしその解決は、お釈迦さんのようにしっかりと目を見開いて「苦しみと向き合う」ことから、まずは始まるものではないかと私はこの話から感じます。
福田智彰

2013年3月