随想録

写経を通して感じる自分

ある日、写経をしました。
写経は、字の上手い・下手は関係ありません。早く仕上げればいいというわけでもありません。一文字ずつ、一筆ずつ、心を込めて書いていきます。
写経をしていると、様々な思いが浮かんでくる「自分」に気づきます。
一文字一文字丁寧に書こうとする自分。
早く完成させようと、筆を急がせる自分。
急ぐと筆が乱れ、上手く調えようとする自分。
上手下手は関係ないと言い聞かせる自分。
文字に集中していき、背筋が曲がってくる自分。
姿勢の乱れに気づき、「あ、あかんわ」と思って一息つく自分。
いっぱいいっぱい出てくる自分。
一体、どの自分が本物の「自分」なんでしょうか?
私に解るのは、どれも間違いなく「自分」だということ。
福田智彰

2012年11月


ひょっとしたらこの話と通ずるところがあるかもしれません。

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