随想録

子供の心

12月、寒さも本格的になりました。
私のお寺では、毎日「お参り」があります。檀家さんの家を一軒ずつ周って、各お家のお仏壇をお参りして、檀家さんの方々とお話をしています。
お参りの際、私の移動手段は「バイク」なのですが、ここ最近は寒くて、バイクに乗っていると凍えそうです。
そうなると、人間寒いのは嫌で、自然と次のお家まで急ぐ気持ちが湧き上がってきます。
先日、踏切でのこと。普段あまり、つかまることはないのですが、珍しく私の目の前で「カンカンカンカン!」と遮断機がおりました。
寒いのもあり、「チッ」と舌打ちするような気分で、「まだか?まだか?」と電車を待っていました。
しばらくしてから、電車がやってきました。その車体は、チョコレート色の阪急電車。なんだか久しぶりに踏切越しに、その電車を見た気がしました。
その時、ふと子供の頃の記憶がよぎりました。電車を見ては、はしゃいでいた子供の頃の記憶です。
お寺に帰ってから少し気になり、母に当時の事を尋ねてみました。私は、はっきり覚えてないのですが、子供の頃は、それはそれは電車が好きだったようです。
母は、電車に乗りたいという私を連れ、大阪環状線(東京でいう山手線)に乗った時の話をしてくれました。
子供の私は、窓側を向いて座り、飽きもせず、ずっと窓の外を眺めていたそうです。
電車が40分程かけて環状線を一周し、母が「もう帰ろうか?」というと、私は「もう一周する!」と言い出し、母は泣く泣く付き合ったとのことでした。
それぐらい電車が好きで、車に乗っている時でさえ、踏切でとまると、どんな電車がきたのかと、目を輝かせて見ていたそうです。
そんな子供の頃の話を聞き、私は思いました。「そういえば、今日、踏切を待っていた時の私は、子供の時と比べて、余裕がないな…」と。
自分の心が逆に小さくなっているような気がしました。子供の時の方が、周りの風景をもっと楽しむ心の余裕があったんじゃないかと思うのです。
アメリカに渡った禅のお坊さんは、「禅マインドビギナーズマインド」と、禅の心を初心者の心に例えています。
 私は究極の初心者は子供のような気がします。色んな事に興味を持ち、偏見も先入観もなく、物事を素直に受け取ることができる。そんな気持ちを少し思い出させてもらいました。
福田智彰

2012年12月

禅や仏教に関心をお持ち方へ


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