随想録

夜坐にて

今日はふと坐禅は嫌いだと思っていた自分を思い出した。
あの頃と変わらない自分がいて、でも変わっている自分がいる。
そう感じる自分がいて、でもどの自分も紛れもない自分自身。
自分を見ようと自分に囚われると自分が見えなくなって、自分を忘れるとそういういろんな自分が見えてくる。
 そうすると、「これが唯一絶対、揺るぎのないの自分だ」なんて言えるものなんてないことに気づかされる。
福田智彰

2014年11月


ひょっとしたらこの話と通ずる所があるかもしれません。
仏教エピソード第8話「答えない答え」